テントから出ると「賀正」の文字が似合いそうな富士山がお出迎え。
今日は北岳、間ノ岳を縦走して農鳥小屋でテント泊のスケジュール。
時間的には農鳥岳も越えて、下山途中にある大門沢小屋のテン場まで進む事も出来そうだが、本日は2泊3日山行の中日。まだ下山せずに稜線上に身を置いていたいのだ。
実は白根三山縦走の他にもお楽しみがある。
農鳥小屋の名物オヤジさんだ。
ネットで事前リサーチする限り、15時以降に到着すると「山を舐めてるのか!帰れ!」と有無を言わさず怒鳴られるらしい。
この対応が元となり、口論に発展したとの報告も多々見かけるのだが、最終的には「今日はいいから泊まっていけ!」となるらしい。
そう言えば、昨日の広河原行きのバスで一緒になったおじさんも、夕方過ぎに水を買いに行ったら「こんな時間に買いに来るな!帰れ!」と怒鳴られた経験を語ってくれた。
しかし、最終的には「いいから水、持っていけ!」となったらしいが。
『昔ながらの山男』と、好意的な意見もあって賛否両論の農鳥のオヤジさん。楽しみだ。
早朝出発で北岳から御来光を見る予定にしていた。
が、まんまと寝過ごした。
テントから出ると既に富士山が朝焼けに染まっている。
今更山頂を目指しても遅いので、テントの前から御来光を拝む事にする。
雲もなく地平線から昇る見事な御来光。
この景色にウットリしていたいところだが、吹き付ける風が冷たくて非常に寒い。日が昇りきったのを見届けて、そそくさとテントの中に退散する。
この風が吹く中でのテント撤収は難儀しそうだ。寝過ごしたついでに、いっそのこと朝をゆっくり過ごす計画に変更しよう。
単独でゆとりあるスケジュールだからこそできる柔軟な予定変更だ。
すっかり日も高くなり、風が弱まったのを見計らってテントを撤収して、改めて北岳に向けて出発した。
去年の同じ時期に北岳を登ったが、登山者の数は今年の方が圧倒的に多い。山頂に向かう者、下りる者がひっきりなしに行き交っている。
この状況から容易に想像がつくように、北岳山頂は案の定の大賑わいだった。
山頂道標付近では人が写り込まない隙がまるでなく、入れ替わり立ち替わり記念撮影会が繰り広げられている。
今朝方の風はいつの間にか止んでおり、ポカポカと暖かい。そして360度の素晴らしい眺望を楽しめる山頂となれば、混雑しても致し方ない状況か。
ここは、山頂の端っこで景色と人の流れを眺めながらゆったりと休憩しておこう。
北岳、間ノ岳、農鳥岳の白根三山は全て3000メートル峰。
それだけに稜線歩きも3000メートル超えの区間が多く、日本国内でこれだけの高度の空中散歩を味わえる場所はそうそうない。
だが高度にめっきり弱い体質の私。
高山病は発症しなくとも標高3000メートルを超える辺りから私の心肺能力は急激に低下して、歩き始めるとたちどころに息が切れる。
肩ノ小屋から北岳への登りもキツかった。
本日は時間的ゆとりのあるスケジュールなので焦ることは何もない。
ゆっくり休みながら3000メートル級の稜線歩きを楽しもうではないか。
北岳山頂。誰も写り込んでいない今がシャッターチャンスだ!
これから歩く3000メートル級の稜線。北岳山荘を経て、中白根、間ノ岳、西農鳥、農鳥岳と続きます。
北岳山頂を満喫した後は北岳山荘方面に下り、次に中白根、間ノ岳を目指す。
ここからは私にとって初めて歩く山道となるので楽しみだ。
中白根までの登りはそこそこの勾配がありキツい。
中白根から間ノ岳へはいくつかのアップダウンがあり、勾配こそ緩やかで短いが心肺機能低下中の私にとってはやはりツラい。
もうピークごとに休み休みだ。
午前中の爽やかな晴れ間も、午後になるとガスが上がってしまい一面真っ白となった。
この辺りはガスがかかりやすく、午後からの景色は期待するものではない。
こうなると、楽しむべきはその岩稜、ガレ場の『歩き』そのものだ。
しかし、その歩きがツラい。
救いはハイマツ帯を飛び交うホシガラスと、途中に知り合った山梨県民のおじさんとの会話くらいか。
それぞれのピークで会うたびに、北岳固有の植物や、山梨県の山情報など色々と教えてもらった。
何とか到着した間ノ岳はガスで真っ白の世界。
景色こそ楽しめなかったが、どっしりとした山容で均一に破砕された岩が何重にも積み重なっている山道の景色は見応えがあった。
飛び交っていたホシガラス。ハイマツの実に入っている種が好物。
間ノ岳へと続く緩やかな稜線。でも心肺機能低下中の私にとってはツラい。
後は農鳥小屋まで下りるだけだ。
登りはゼイゼイと息が切れても下りは調子がよく、難なく農鳥小屋のテン場に到着した。
農鳥小屋のテン場は広くて平らで快適。
良さそうな場所に荷物を置き、早速、農鳥小屋の名物オヤジさんの所へテントの受け付けに行く。
実は、ここに来るまでにすれ違った登山者から、
「挨拶しても無視された」
「(出発の時間が遅くなり)早く行け!と怒鳴られた」
など、こちらから聞いたわけでもないのに散々な評価を聞いている。
果たして実際の人物像はどうなのだろうか。
「こんちはー、テン場の受け付けお願いしまーす」と挨拶すると、浅黒い肌で眼光の鋭いオヤジさんが出てきた。見た感じ、確かに癖のありそうな山男っぽい。
テキパキとテン場、トイレ、水場などの説明を受け、帳簿に必要事項を記入して終了。
そりゃあ、誰彼かまわず怒鳴り散らしているとは思っていないが、あまりにあっさりと普通だったため拍子抜けしてしまった。
農鳥小屋のワンコたち。天然記念物に指定されている『甲斐犬』だとか。
ふと、詰所の奥を見ると三頭のワンコがダンボールの寝床に入って大人しくしている。
すかさず「その子らの名前はなんて言うんですか?」と聞くと、
「一見者に名前を呼ばれても(ワンコが)返事するものか」と、質問と異なる返答でバッサリ。
その後、寄ってきた三頭のワンコを嬉しそうに撫で回すオヤジさん。
この光景は・・・そうだ、頑固じいさんが孫だけに見せるあの表情と同じだ。
尻尾を振りながら帳簿を踏みつけて寄ってくるワンコ達に、「コラ、大事な帳簿を踏むな!」と、極めて優しく叱っている。
可愛くてたまらないのか、頬擦りまでしちゃってる。
ちなみにこのワンコ達は天然記念物に指定されている『甲斐犬』だと、オヤジさんからではなく、丁度居合わせた登山者から教えてもらった。
賛否両論ある農鳥小屋のオヤジさんに初めて会った私の印象としては、自ら不器用とは言わない真の不器用者。
良く言われる怒鳴り声は、悪意のないオヤジさん流の挨拶ではないだろうか。詰所の壁に掛けられていた使い古された遭対協(遭難防止対策協会)のヘルメットが全てを物語っている感じすらする。(オヤジさんのモノかは知らないが・・・)
何にしても他の方の印象は別として、個人的にはこのオヤジさんがちょっと好きになった。
農鳥小屋名物『空中トイレ』。時代に逆行したダイナミックなシステムのトイレだ。
ただ、農鳥小屋のもうひとつの名物『空中トイレ』は如何なものか。
山中での排便を否定しない私も、もうちょっと工夫しようよ・・・と思える時代に逆行したダイナミックなシステムだった。
気になる方は是非、農鳥小屋へ!
【農鳥水場情報】
水場は小屋から15分程下った位置にあり水量豊富で、ツッカケで行くのは危ないとの事。汲みに行った方に一杯頂きましたが美味しかったです。ちなみに『空中トイレ』の影響は受けていないそうなのでご安心を。
気になる方は是非、農鳥小屋へ!