昨日の朝は霜が下りる程に冷え込んだが今朝はそうでもない。
それでも寒くて夜明け前に眼が覚めた。
山行3日目にしてようやく高度順応したのか体調は万全。
食欲も大復活だ。
しかし本日は、名残惜しくも下山しなければならない。
せっかく高度に慣れたと言うのに残念ではあるが、体調が良いのは素晴らしい事だ。
朝食をモリモリと食べて、テントを撤収。
出発すると南岳小屋前の広場は朝日で真っ赤に染まっていた。
快晴ではなくとも、丁度、雲と地平線の間から強烈な朝日が差し込み、穂高連峰や槍ヶ岳を赤く染めている。
目覚めの一杯ならぬ、強烈な目覚めの朝日を浴びて完全に眼が覚めたところで、広く緩やかな斜面を登って南岳山頂へ向かう。
昨日までの急峻な岩だらけの山道とはまるで異なる雰囲気に、朝の清々しさに加えてゆったりした気持ちになれる。
のんびりと歩き、のんびりした山頂に到着。
そこから広がる360度の景色をしばらくの間、静かに眺めた。
本日は槍ヶ岳には行かず、途中から天狗原に下って槍沢に合流、上高地への下山を予定している。
南岳小屋に宿泊している山岳ガイドのおじさんから教えてもらった情報によると、通過地点の天狗原には天狗池と呼ばれる池があり、条件がよければ水面に映る逆さ槍ヶ岳を見る事ができる。
そして、少しずつではあるが天狗池の水位は年々下がっており、今のうちに見ておいた方がいいらしい。
それならばこの機会を逃す手はない。
本日の風は穏やかなため、鏡面とまではいかなくとも、さざ波程度で水面の状態は悪くないだろう。
槍ヶ岳登頂の未練もなく、迷い無く天狗原に向かって下山だ。
天狗原までの山道は急傾斜の細尾根となり、ここにきて昨日まであまり使われなかった筋肉が活躍しだした。
急な岩場を軽快な足取りで下る。
多少の呼吸の乱れは歩きながら回復できる。
槍ヶ岳も行けば良かったか?と思える程、心身共に快調な歩みだ。
残雪のある天狗原まで下ると、先行していた登山者が休憩していた。
「この残雪箇所が天狗池で今年は寒かったのか雪が溶けず池になっていない」と、ガッカリしながら説明してくれた。
それを聞いたこちらもガッカリ。
本日の数少ない楽しみの1つが見れず、肩を落として先へ進むと天狗池はちゃんと存在していた。
正面には槍ヶ岳がそびえ立ち、その姿が天狗池の水面に『逆さ槍』となって映し出されている。
少々さざ波がたっていても充分すぎる美しさ。
これで無風の青空であれば、どんなポンコツカメラマンが撮影しても極上の写真が撮れてしまいそうな景色だ。
先程の残雪箇所でガッカリしていた登山者の姿はもうないが、この天狗池を見て、喜び半分、間違った情報を伝えた恥ずかしさ半分で「あーっ!」となったに違いない。
何にしても天狗池を見れてよかった。
さて、本日の、そして今回の山行のお楽しみは、残すところお風呂のみ。
槍沢に出て分岐点に合流すると、槍ヶ岳帰りの登山者でドッと賑やかになった。
少々渋滞気味になっても、皆さん道を譲ってくれるためスイスイと上高地へと突き進む。
スイスイとは言え、上高地までの道程はまだまだ長く15km先だ。
荷物の重みでジワジワと肩が凝ってきたところで、涸沢帰りの登山者で賑わう横尾大橋で休憩をとる。
下界の2倍の価格で、美味さは100倍のオランジーナをイッキ飲み。
そして、疲労具合に関係なく、ぜひ休憩したい次なる通過地点の徳澤園では、宮城から来られた写真好きな方と意気投合してソフトクリームを御馳走になる。
五臓六腑に染み渡るソフト要素も下界の100倍。
男二人で「くぅ~ッ」と唸りながらソフトクリームを堪能した。
ご馳走さまでした!
ここからは山道と言うよりも林道のような道を淡々と歩く。
無言で歩く他登山者たちとのデッドヒートを演じながら、上高地バスターミナル手前にある日帰り入浴施設『森のリゾート小梨』に到着した。
以前、山行後に電車を利用した際、汗臭さからか物凄く白い目で見られた経験のある私。
その時に勝る白さを未だに見た事はない。
それ以来、電車やバスを利用する山行では多少荷物が増えようが必ず着替えを持参している。
今回も例に漏れず、帰りの着替え準備はバッチリだ。
上高地を出てから入浴する登山者が多いようで風呂場は空いていた。(と言うか、ほぼ貸切り状態)
頭も体もゴシゴシと洗い、悠々とお風呂に浸からせてもらって身も心もスッキリさせる。
汗臭さよさようなら。
もはや定番となった山行後の風呂上がりコーラ(コーヒー牛乳でも可)で喉を潤し、適度な疲労を感じながら梓川沿いをゆっくりと歩いて上高地バスターミナルへ。
そして、3日間に渡る縦走の旅を無事に終えた。
振り返れば、大キレットうんぬんよりも、高度による心肺機能の弱さを改めて感じた辛い山行だった。
途中で暗い気持ちにもなったが、同時にそんな自分の状態を客観視できる冷静さも感じられたのは今回の収穫だ。
そして、人気のエリアだけあって、多くの見知らぬ登山者と出会い、多くを語り合った山行でもあった。
口下手な私としては、見ず知らずの人とここまで話す事は滅多にないのだが、山中では不思議と開放的な気分になれる。他の方も同様の感覚なのだろうか。
上高地に向かっている途中、全くの他人から「ねえ、カレーの匂いしない?」と唐突に聞かれるのも、ある意味山中ならでは。
それに対して、「そうですねぇ、(クンクン)・・・しないですねぇ」と怪訝な表情ひとつせず普通に返事できたのも山中ならではか。
そして、最後に・・・。
『9.11』アメリカ同時多発テロの翌日に入籍した私。
13年もの月日が流れても、あの衝撃は未だ記憶に新しい。
それなのに、入籍した記念日を方をスッカリ忘れて今回の山行に来てしまった。
あ、あぁ、やっちまった・・・。
無事に山行を終えた今、結婚記念日をすっぽかした私の贖罪の日々が始まる。
(ヨメ、ぷりぷり怒ってます)