山歩きを始めた1年目は富士山。
2年目は槍ヶ岳。
そして、3年目は一般登山道として最高難易度と言われている大キレット(大切戸)越えを目標としていた。
1、2年目は目標通り達成。
しかし、3年目にして山歩きのスタイルが少々変わってしまい、目標としていた大キレット越えはお預けとなっている。
山歩き4年目となった今、改めて大キレット越えに挑戦だ。
【大キレット(大切戸)】
飛騨山脈(北アルプス)の南岳から北穂高岳の間で300m程切れ落ちた岩稜帯。
一般山道としては最高難易度で、岩場やクサリ場の高度感に加え、日帰りでは難しい位置にあるため、体力も必要となります。
山歩きに関しては体力なども含め、それなりに自信はついた。自分の体力を把握し、状況に応じて撤退できる冷静さも身に付けた。
高度による心肺機能の弱さはいささか気になる点ではあるが、そこはペース配分でカバーしよう。
スケジュールは次の通り。
【1日日】上高地から重太郎新道で前穂高岳、吊尾根伝いに日本第三の高峰の奥穂高岳を越えて穂高岳山荘のテン場で宿泊。
【2日目】涸沢岳、北穂高岳、そして大キレット越え。その後、南岳、大喰岳を経て槍ヶ岳山荘のテン場で宿泊。
【3日目】槍沢を下り、長い道のりをひたすら歩いて上高地へ。
初日は標高による心肺機能の心配。
2日目は大キレット越えの心配。
最終日はバス時間の心配。
このように心配要素に事欠かないハードなスケジュールでも挑んでしまうのは、これまでの山歩きで積んだ経験を試してみたい気持ちが大きく、秘かな自信もあるからだ。
もちろん天候や体調など状況次第ではそのまま引き返す、もしくは大キレット越えを諦めて涸沢カールへと下るエスケープルートも想定している。
何にしても挑戦だ。
よーし、行くぞ。
『上高地ゆうゆうきっぷ』というお得なチケットで、新宿から高速バスで出発。
このチケット、新宿~上高地往復で8200円という、節約山歩きがモットーの私には非常にありがたいチケットだ。
ただ、バス→電車→バスと乗り継がないといけないのが難点ではある。
いや、贅沢は言ってられない。
ありがたく使わせてもらおう。
前日の夜に松本駅到着。
そこら辺で仮眠して、始発の電車、バスを乗り継いで上高地入りした。
本日は風も穏やかで好天気の山歩き日和となっている。
それだけに上高地入りしたお客さんも多い。
ただ、そのほとんどは涸沢、槍ヶ岳方面へ向かって出発しており、前穂高岳へと続く岳沢方面に向かう登山者は少ない。
岳沢登山道で前穂、奥穂に向かう私としては、比較的静かな山歩きが出来そうだ。
実のところ、昨日はあまり良質の睡眠を取れていない。実際、寝ていたのか怪しいぐらいだ。
寝不足は後々効いてくるので心配だが、今のところは出足好調で呼吸もペースも乱さず登っていける。
しばらく進むと岳沢の岩場に出た。
だいぶ標高は高くなり、眼下には森の中に点在する上高地の施設が小さく見える。
そして、頭上にはコブノ頭、ジャンダルム、ロバの耳と迫力ある岩峰、岩稜が連なっている。
これぞ北アルプス的な景色だ。
西穂高岳へと延びる岩稜帯。これぞ北アルプス的な景色。
今のところ調子も景色も申し分無く快調、と思いきや、標高2500mを越えた辺りから心配していた症状が出だした。
高度障害による心肺機能の低下。
私にとっては定番の症状だ。
こうなると、筋力に問題がなくても息苦しさのあまりに歩みが止まるため、呼吸を整えながら騙し騙し登るしかなくなる。
快調だった足取りも今では休憩の連続となり、そうこうしている内にガスも上がってきた。
奥穂高岳に向かう途中にある前穂高岳にも当然立ち寄るつもりでいたが、調子が落ちてしまい予定変更を検討しながら登る羽目になる。
ちなみに、紀美子平からピストンで1時間弱かかる前穂高岳は、小説『氷壁』の舞台にもなっている。読んだ事のある私としては登りたい気持ちが少なからずある。
寄ろうか寄るまいか決まらないまま紀美子平に到着。
【紀美子平】
穂高岳山荘の初代主であり、穂高開拓に尽力した今田重太郎。その娘の名前が紀美子平の由来となっています。
前穂高岳の山腹にある平地(現在の紀美子平)にテントを張り、その中に幼少の娘・紀美子を寝かしつけて山道整備にいそしんでいたそうです。
荷物を下ろして休憩していると、心肺機能の回復と共に気力も沸いてきた。
荷物をデポ(残置)して空身で行けるし、折角なので登る事にした。
空身になった途端に、そこそこ軽快な足取りが戻ってきた。
こりゃあイイぞと、前穂高岳山頂まで一気に登ってはみたが、本来の眺望とは程遠いガス景色。
何だか山頂に寄っただけとなって勿体ない気もするが、山頂道標の写真だけ撮ってぴゅーっと紀美子平まで下山。
さて、この先、また息苦しくなるかな・・・。
暗い気持ちになりつつザックを背負い、奥穂高岳へ向かって再出発する。
やはり、息が上がった。
奥穂高岳に近づき、標高が上がるにつれて休憩の頻度も時間も増えてきた。
騙し騙し歩いていると、いつの間にか青空がのぞき、ポカポカ陽気でそよ風が心地よい状況となっていた。そして、目の前には爽やかな上高地の景色が広がる魅力的な昼寝環境。
この魅惑の状況に負けて、朝礼時の学生のように体育座りのまま眠りに落ちてしまう。
ぐっすり眠りこけていると、「ダイジョーブデスカ?」の声に起こされた。
アメリカ人らしき登山者が、頭を垂れて熟睡している私の様子に心配して声をかけてくれたようだ。
はっと目を覚まし、「気持ち良すぎて寝ていました」と説明すると、なぜか大爆笑される。
海外の笑いのツボには謎が多いが、取りあえず一緒になって笑ってしまう。
それはともかく、起こしてもらえなかったら何時まで寝ていたか。
声をかけてもらった事にお礼を伝え、歩きを再開させた。
涸沢カールのテン場。夜、トイレに行ったら知らない人のテントに入ってしまう自信あり。
快眠効果で多少調子は戻ったが、しばらく歩いたらまた元通りの息苦しさ。
これでは奥穂高岳を越えて穂高岳山荘に到着するのは夕方5時を回ってしまいそうな感じだ。
呼吸は辛いし、気温も低くなってきた。
ココまで来ておきながら本気で下山を考えながら登山する。
奥穂高岳手前にある南陵ノ頭までもう少しの所まで来ると、山道にひょっこりと雷鳥が現れた。
こちらを一見して、私を誘導するかのように山頂方面へと駆けていく雷鳥。
とても追い付ける状態ではないが、「前進すべし」との啓示だと勝手に解釈して、雷鳥の後を追って前へと進む。
何とか南陵ノ頭を越えて、誰もいない奥穂高岳に辿り着いた。
狭い山頂に祀られている穂高神社嶺宮に、ここまで来れた感謝を込めてしばらくの間、手を合わせる。
その後、山頂の方位盤に腰掛けて黄昏ていると、穂高岳山荘に宿泊している関西の旅人が夕日を見にやって来た。
双六岳から縦走してきたこの旅人。
使い込まれた登山靴には穴が開いており、話をしても自慢げな感じが全くしない、いかにも自由奔放な旅人っぽい雰囲気が漂っている。
黄昏仲間となって二人で語り合っていると、夕日は見れずともガスが流れて西穂高岳に通ずる岩稜が現れた。
正面にはジャンダルム。
北アルプス的な景色に、槍穂高縦走に来ている事を実感する。
ここから穂高岳山荘までは30分程下る。
テン場は満員で、山荘敷地内の空きスペースに設営するしかないとの事だったが、どんな場所でも寝床が用意できればそれで充分だ。
そんな気分で穂高岳山荘へ到着した。
旅人からの情報通り、テン場は満員で山荘周りのスペースには所狭しとテントが敷き詰められていた。
それでも早朝撤収を前提にウッドデッキ上にテントスペースを用意してくれた。
こりゃあ、有り難い。
ペグダウンこそ出来ないが上等の寝床だぞ。
夜な夜な起きて写真撮影。明日は高度順応できていますように。
テントを設営して荷物を整理するだけで息が上がってしまう心肺機能に、もう食事どころではない。
眼下に広がる景色では、涸沢カールに張られた数多くのテントが幻想的な光を放っているというのに、それどころではない。
今はとにかく眠りたい。
ぐっすりと眠って翌日の高度順応に期待だ。
【オマケ情報】
標高2996mの『白出のコル』に位置する穂高岳山荘では・・・Wi-Fiが使えます!
※天候によっては利用不可