岐阜在住のおばちゃんHさんは大の山好き。
最近こそ忙しくて登山はしていないようだが、近くの里山から白山、北アルプスを歩き、「若いから槍ヶ岳なら1泊2日で行けるよ!」といかにも健脚らしい発言も飛び出すおばちゃんだ。
そんなHさんに案内してもらい槍ヶ岳に行く予定だったが、「久しぶりに(乗鞍岳に)登ったら足がパンパンになった」とのことで槍ヶ岳はキャンセル。
ヨメと二人で槍ヶ岳に登り、下山後、上高地で合流することになった。
高山植物に詳しいHさんから花について色々と聞く事ができると思っていただけに残念。
そうは言っても、初めての上高地、そして槍ヶ岳。
北アルプスの玄関口として大人気の上高地に、基本マイノリティ派の私もワクワク感を隠せない。(これでもマイノリティ派?)
通年マイカー規制のかかっている上高地へのアクセスはバスかタクシーになる。
私たちは前日の夜に沢渡(さわんど)駐車場付近まで行き、車中泊。そして始発のバスで上高地入りする事となった。
熟睡には程遠い3時間程の車中泊から目覚め、準備を整えていると、既にスタンバイしているタクシーの運転手が「今なら相乗りできますよ」と教えてくれた。
バスの始発にはまだ時間があったため、ありがたく相乗りで上高地に向かった。(沢渡~上高地間のタクシー料金は一律4000円)
これまで、「タクシー、金かかる」と敬遠していたが、『相乗り』いいな。これは今後使えそうだ。
これも大人気の上高地ならではと言える。
上高地は想像通りの綺麗な施設が立ち並び、始発バスの到着前にも関わらず、既に登山客でにぎわいを見せていた。
上高地を起点に皆さんは何処の山を登りに行くのだろうか。
これから槍ヶ岳に向かう期待感は勿論の事、他の登山者がどんなルートでどんな山歩きをするのかにも興味を掻き立てられる。
もう、ワクワクしながらも平静を装って出発。
梓川沿いをウォーキング。奥に見える尖がった山は赤沢山。
地形図を見る限り、上高地から槍沢ロッジまでは梓川沿いの平坦な道を15キロ程歩かなければならない。
槍ヶ岳への登りを考えると、平坦で歩きやすそうなこの区間は準備運動くらいの感覚で挑みたいところだ。
今回は荷物を極力減らしている。
持参した水も行動中に飲む分だけで、調理用などは最後の水場で確保する予定だ。
それでもさすがは人気の北アルプス。
1時間程歩くたびに水は勿論のこと、あらゆるものが手に入る営業小屋がある。
しかも、どこの小屋もお洒落なたたずまいで、バンダナや手ぬぐいなど、扱っている商品のデザインも洗練されていてショッピング欲を激しく刺激される。
ヨメも「買いたい時に買っておく!」と、珍しくショッピングを楽しんでいる。
いやいやいや。
ここで荷物を増やしてどうする。
ショッピングは帰り道にして、まずは槍ヶ岳の肩にある槍ヶ岳山荘を目指そう。
準備運動と称した槍沢ロッジまでの歩きを無事に終えて小休止。
同じように休憩中の登山者との情報交換タイムだ。
今は晴れ間が見えているものの、午後からは天気が崩れそう。
数週間前に槍ヶ岳で落雷事故があった事もあり、進むか進むまいか迷っている方もいる。
場合によって殺生ヒュッテ、もしくは槍沢キャンプ地への撤退も視野に入れつつ、予定通り槍ヶ岳山荘を目指すことにした。
槍沢ロッジからは徐々に山歩きっぽくなってくる。
ガレ場が多いため、下ばかり向いていると、知らずに枯れた沢筋に入ってしまうので注意しながら進む。
少しばかりの雪渓を登り、槍沢大曲分岐、天狗原分岐を越えると冷えた水が流れ落ちる沢にぶつかった。
どうやらここが最終の水場らしい。(※もう少し先に正式な水場があります)
水に関しては槍ヶ岳山荘で1リットル200円で購入できると調べは付いているのだが、こんなに冷えて美味そうな水が『タダ』で手に入るのだから利用しない手はない。
二人分の調理用も含め、念のため多めに水を汲んでゆく。(『タダ』だから)
たっぷりと水を確保して改めて登り始めると、前方の視界が開け、U字型のガレ場が広がりだした。
氷河の融解により削り取られた岩石が、長い時間をかけて堆積したモレーンと呼ばれる地形だ。
おお、これぞ北アルプス。
通過ポイントでもあるモレーン上のハイマツ帯(グリーンバンド)も見えてきた。
そして更に見上げると、先程までガスっていた山頂付近に青空が見え始め、いやに尖がった岩がチラリと覗かせている。
おお!これぞ槍ヶ岳!
ここに来るまで尖がった岩山を見つけては、「あれが槍ヶ岳かな、これが槍ヶ岳かな」と、あてずっぽうに言っていたが、改めて実物を目の当たりにすると見まごうことなど有り得無い。
遠方からでも一目でわかるその特徴ある山容は、誰でも知っている富士山といい勝負だ。
そして、モレーン上から見上げる槍ヶ岳のトンガリ具合はまた別格。
見事な景観を堪能しながら更に登ると、本日の宿泊予定地である槍ヶ岳山荘、そして殺生ヒュッテが間近に見えてきた。
もう槍ヶ岳ワールドにテンションも上がってしまい、チョチョイと登れば到着しそうな距離感にすっかり楽勝気分だ。
が、これが甘かった。
これまでの緩やかな登りとは異なり、ここからは登れば登るほど傾斜はきつくなる。
そしてジグザグに登るため、目的地は見た目ほど近くはない。
これまでの山歩きで持久力にはそこそこ自信は付いたのだが、いかんせん荷物を担ぎ上げるパワーが足りず、余分に汲んだ水の重みがドップリとのしかかる。
標高3000m付近まで来ている事もあるのか、ゆっくりとペースを守って登ってもすぐに息が上がってしまう。
一向に呼吸を乱す気配を見せないヨメには先に行ってもらい、休み休み、騙し騙し、そして座り込んでチョイ寝しながら登り続ける。
途中、「高山病が発症しそう」な嫌な感じを受けながらも何とか槍ヶ岳山荘に到着。
「ああーっ!今度はケチらないで水、購入します!」と密かに誓う。
休憩後、穂高連峰へと続く稜線を一望できるナイスロケーションのテン場にテントを設営。
設営していると、「お疲れ様でした!」と祝福せんばかりに巨大な虹が現れた。
色彩明瞭な美しい虹が大きな弧を描き、更にその外側にも虹が現れ、二重の『副虹』となって祝福ムード満点。
高山病気味である事を忘れてしまうほどの景色をこの槍ヶ岳で拝めるなんて、、、水を担いできた甲斐があった!(甲斐がなくても見れます)
そんな感慨に浸っているのも束の間。
虹が消え、大粒の雨が落ちてきたかと思えば、先程までの天候が一変。
「祝福ゥ?山、舐めんな!」とばかりに激しい雷雨となり、一目散にテントの中へと逃げ込む。
土砂降りで雷鳴轟く状況の中、「到着があと30分遅かったら・・・」と、山での天候豹変の怖さを実感する。
思い返せば、出だしで相乗りタクシーを利用して良かったと心底思う。
できればトイレに行っておきたかったのだが、この状況ではレインウェアを着たとしても外を出歩く気には到底なれない。
それよりも何よりも、高山病気味の体は「寝たい」と訴えかけている。
ここは体の訴えをおとなしく聞き、野菜と果物を軽く食べるだけにして、早々と就寝した。