昨日、早い時間に就寝したせいか、真夜中に目が覚めた。
就寝時は雷雨だったためトイレを我慢していた事もあって、いよいよ用を足したくなる。
ゴロゴロして待っているとテントを叩く雨音も弱まり、トイレに行けるチャンス到来。
しかし外は真っ暗、目の前はガスで真っ白。
ヘッドランプを点けても足元しか見えない状態だ。
テン場からトイレまで数十メートル程の距離だが、視界の悪さに「これ、辿りつけるか?」と不安になる。
これは「トイレに行って遭難」なんて笑えない状態にもなりかねない。トイレ脇でビバークなんてしたくもない。
この辺りの地形を頭でイメージしながら無事にトイレに辿り着き、無事にテントへ戻る。
この様子では御来光は無理かな、と思いつつ2度目の就寝。
4時に目が覚める。
雨はすっかり止んでいるものの、相変わらずガスで真っ白。
「こりゃ、ダメだ」と思い、3度目の就寝。
5時起床。
高山病気味だった体調は回復している。
しかし外はガスの中。
登ろうか登るまいか考えながら、とりあえずテントを出て槍ヶ岳山荘まで行ってみると、槍ヶ岳があるだろう方向を見上げながら登山者たちがウロウロしている。
皆、同じように迷っているようで、ガスが晴れるのを期待して待っているようだ。
登らない決定的な理由を見つけられないまま悶々とするのも面倒なので、「もう山頂で何も見えなくても構わない!」と登る事を決意。
視界の悪さに登頂意欲を削がれ、槍ヶ岳山荘名物の焼きたてパンにすっかり心奪われているヨメを残して、独り槍ヶ岳に向かった。
数人登っていたようだが目の前には誰もいない。
狭い岩場なので渋滞したり、「岩を落とした落とされた」なんて事もなく意外と快適な状況だ。
山頂まで急峻な岩場を登るにしても、クサリやハシゴでしっかり整備されているため、専門的な技術が無くても問題無い。
とは言え、静加重、静移動、三点支持の基本はしっかり押さえておく。(と言うかそれしか知らない)
山頂に近付くにつれ、青空がチラチラと覗き始めた。
すっかりガスは晴れて、朝日の光が漏れる山頂は、まるで漫画的に描写した宝箱のように光り輝いている。
急峻でもしっかり整備されているため問題なく登れます。
うわーっ!登りきったらどんな景色が広がっているのだ?!(コーフン状態)
そして最後のハシゴ。
一段一段、慎重に登り始めると、上からテンションの高いおばさんが、「はやく登っておいで!ブロッケン見れるよ!」と声をかけられる。
高所が人並みに怖い私は、「へぇ、それは楽しみ。ハハハ。」と棒読みで応える。
そしてとうとう山頂、槍の穂先に。
晴れ渡る空の下で雲海がダイナミックに流れている。
時折うっすらとガスがかかり、ブロッケン現象で後光を放つ自分の影が近づいたり遠のいたりしている。
テンションの高いおばさんは、テンション高く下山していき、山頂で独りきりになった。
四方に延びる鎌尾根どころか、直下にある槍ヶ岳山荘さえも見ることはできなかったものの、この雲海の広がる雄大な景色を独占しているシチュエーションは・・・最高だッ!
山頂北側にある小さな祠に手を合わせ、独りきりの記念撮影。
山頂独占の贅沢さをじっくりと堪能する。
しばらくすると登山者がぞくぞくと登ってきた。
独占状態も勿論いいが、この景色を誰かと共有したい気持ちが高まる。
「もう少しですよー。ブロッケン見れますよー。」と声をかけると、ハシゴにしがみついて「今、余裕無いです。ハハハ。」と棒読みで応えられる。
なるほど、先程のテンションの高いおばさんの気持ちが少しわかった気がする。
他人の記念撮影を手伝った後、いよいよ山頂が混み合ってきたので槍ヶ岳山荘まで戻る事にする。
登りと下りのルートが一部分かれている事もあって、下山もスイスイと快適そのもの。
槍ヶ岳山荘にある「キッチン槍」で焼きたてパンとホットミルクに舌鼓を打っていたヨメに、山頂での光景をテンション高く伝えると、「じゃあ登る」と言って登り始めた。
全くゲンキンなヤツめ。
しかし山の天気が変わりやすいように、山頂に着く頃はガスで真っ白だったと、ガッカリして戻ってきた。
写真等では伝わらないあの光景は、是非生で見てほしかった。
そうは言っても、それぞれのタイミングで辿り着く山頂にはそれぞれの思いがあるだろう。
こればかりは善し悪しを決められる事でもない。
でもな、晴れた山頂、素晴らしかったぜ!(ヨメに対して優越感)
さて、名残惜しいがテントを撤収して下山することにしよう。
下山は昨日の登りとは打って変わって快調そのもの。これも食材や水を消費して荷物が軽くなったおかげか。
余裕があるので殺生ヒュッテに立ち寄ってみた。
その昔、猟師がカモシカの解体に利用していたことから『殺生』ヒュッテと名付けられているこの小屋。
そんな古い歴史を感じさせる小屋内は木造で雰囲気抜群。
テン場もあることだし、今度来るときは是非こちらを利用してみたい。
軽快に下山していくと、下から「うおーっ!」「すげぇーっ!」と、歓声が聞こえてきた。
丁度ガスが晴れ、槍ヶ岳が姿を現したようで、それを目撃した若人グループは興奮のるつぼと化している。
わかるぞ、その気持ち。
槍ヶ岳は格好良いもんな。
そんなモレーン上の槍ヶ岳に別れを告げて下山を続ける。
槍ヶ岳に一緒に来る予定だったHさんとは明日、上高地で合流予定。
そのため今日はたっぷりと時間を使える。
このゆとりある時間を利用してもう一山、登れなくもなかったが、昨日通り掛かった時に好印象だった徳沢でマッタリしたい欲求の方が勝っていた。
ステキな宿、ステキなテン場、そしてステキなカフェ。3分ほど離れた徳沢ロッヂではお風呂にも入れる。
これはマッタリせずにはいられない。
横尾から徳沢に向かう途中、雨に降られて濡れてしまったが、これを機に徳沢の売店で『No Mountain No Life』Tシャツを購入。
テント設営後、沢で汗を流し、乾いたTシャツに着替えれば気分はすっかりくつろぎモードだ。
カフェでカプチーノを飲み、食後にはソフトクリームを頂く。
雨が上がって日が差せば、濡れた衣類を干して、日向ぼっこをしながら本を読む。
やらなければいけない事もなく、時間など全く気にする必要がない。
ガシガシ歩くのも良し、こんな感じのゆとりケジュールもまた良し。
槍ヶ岳の雄大な景色を堪能して、快適空間の徳沢でマッタリ。
ああ、なんて贅沢なんだ。