山寺駅から少し離れたところの千手院から修験道を歩きます。
最近、何だかキレやすい。
これまで温厚な性格で通ってきたのにこれではいけない。
そんなキレるエネルギーを歩行力に変えるため山歩きに出掛けた。
目的地は将棋の駒で有名な山形県天童市。
電車で行きやすいし、この付近の里山を歩いてみよう。
知名度の高い松尾芭蕉の句、『閑さや 岩にしみ入る 蝉の声』でお馴染みの山寺。
その更に奥にある雨呼山(あまよばりやま)を目的地として、時間と状況を見ながら稜線伝いに鵜沢山(うさわやま)、そして若松寺(じゃくしょうじ)へと下山する里山縦走プランだ。
事前リサーチしてみると、山寺駅から少し歩いたところの千手院から登山道が延びているとの情報があった。
しかし、現在は廃道となっているようで、古くは天台宗の修験道だったらしい。
修験者のような信心を持ち合わせてはいないが、淡々と歩かせてもらうには良さそうな山道だ。
これで少なからず煩悩が消えてくれれば、尚の事ありがたい。
始発電車で山寺駅へ向かう。
どう言う訳か、寝過ごした!と思って慌てて家を出たところ、むしろ1時間早くてまだ駅は開いていなかった。
おかげでゆとりを持って始発に乗れたのだが、修験道を歩く者としては寝ぼけてちゃイカンな。
まだ真っ暗な山寺駅で下車。
当然のようにお店などは閉まっており、普段は賑わっているのだろうお土産屋の通りも静まり返っている。
道路脇に立たされている異様に溌剌とした小僧の看板が滑稽に思えてくる程の静けさだ。
これで気温が低ければ、張り詰めた冷気で自然と緊張感が出そうなもの。
しかし今日は温かい。
天気予報では午後から雨。
今日の行き先は標高1000m弱の里山なので、山域でも雪ではなく雨に降られるかもしれない。
ふむ、では帰ろうか。
とは思わないようにして、山道入り口となる千手院へ向かう。
遮断機の無い踏み切り(ただの線路?)を渡って千手院へ。
最上三十三観音二番札所・山寺千手院へは『ついてる鳥居』をくぐり、遮断機の無い踏み切り(ただの線路?)を渡る。
ちなみに『ついてる鳥居』には、柱に抱きついて「ついてる」と10回唱えるとご利益があるらしい。
右の柱は良縁。
左の柱は金運。
両方抱きつくのは駄目。
うーむ、山寺人気に便乗した後付け臭がする。
と思いながらも軽くタッチする私。(これぞ煩悩)
千手院に参拝し、墓地の脇を通って山道へ入る。
早朝なので雪はそこそこ締まっているが、足場を誤ると踏み抜いてしまう危険性はある。
たかが踏み抜きとは言え、倒木の間を踏み抜き、勢い余って足を捻ったり骨折したりする場合もあるので意外と油断ならない。
足場を確認しながらしばらく進むと、垂水岩霊境の奇妙な岩壁が見えてきた。
風化/浸食しやすい凝灰岩からなる岩場で、蜂の巣状に穴だらけとなった奇妙な様相は霊場と呼ぶに相応しい雰囲気。この空間だけは少々、この世から遠ざかっている感じすらする。
岩壁の一部は凍りついており、気温が高い事もあってかポタポタと滴が落ち、岩壁下には崩れ落ちたのだろう巨大な氷塊の残骸が散らばっている。
この世から更に遠ざかってしまう前に、頭上への警戒心を強化。
垂水岩霊境の雰囲気を満喫して先に進むと、いよいよ一般山道とはお別れ。
ロープが張られた箇所をくぐって最初のピークを目指して道なき雪面を登り始める。
積雪のため夏道がどのような状態かは分からないが、木々の所々にテープがくくられているので、うっすら踏み跡くらいはあるのかもしれない。
しかしこの時期は単なる雪面。地形図を見ながら登りやすそうなルートを選んで最初のピークを目指すだけだ。
途中、雪が深くなりワカンを装着して登る。
誰もいない静かな山中をハアハアゼイゼイと喘ぎながら登る。
『閑さや 雪にしみ入る 喘ぎ声』
芭蕉さんも冬場に来てたら、こう詠んでいたに違いない。
そうこうしている内に、空を覆っていた雲が途切れ、お日様が雪面を照らす。
お日様が出ていたのはほんの短い間だったが、それでも登る気力は湧いた。
お日様効果もあって最初のピーク(552m峰)に到着。
ここからは稜線を外さない限り、迷う事なく雨呼山へ辿り着く。
基本、どこも樹林帯だが所々で視界は開け、東に奥羽山脈、西に山形盆地を眺める事もできる。
天気が悪くても高曇りで、景色を楽しめるなんて嬉しい限りだ。
体が冷えない程度に休憩を挟みながら、修験道を淡々と進む。
キレやすかった私の煩悩のひとつやふたつ、消え去った気がする。
淡々とは言っても、喘ぎながらやっとの思いで雨呼山に到着。
山頂はこれまでの名無しピークと同じように何もない。と、思っていたら山頂標識が雪に埋まっているのを発見した。
この積雪では、本日の雨呼山の標高はプラス1m程か。
雨呼山(あまよばりやま)は山名の通り雨乞いの山で、周囲には「村雲の池」や「竜神の池」など、雨乞い伝説のあるポイントがあるようだ。
そして、西側に下ったところには『ジャガラモガラ』と呼ばれる、何とも興味をそそられる名称の窪地がある。
このまま稜線を進んで鵜沢山を目指すか、ジャガラモガラへ下ってそのまま下山するか。
地形図を確認すると、鵜沢山までの稜線で顕著なピークはあと6つ程。
・・・。
(葛藤中)
よし、時間的に余裕もある事だし、鵜沢山に向かって修験道をコンプリートさせよう!
まっさらな雪面をガシガシと下って登る。
鵜沢山までは、尾根が広くて進行方向の分かりづらい箇所があるので、尾根の方向をコンパスで確認しながら進む。
それでも尾根を一本間違えたりしてしまう。
見通しが利いていてもこんな具合なのに、ガスや吹雪で視界がなくなったら大変だな。
精進精進。
特に何もなかった鵜沢山山頂を通過し、本日最後のピーク(634m峰)に到達。
小雨も降ってきたので間髪いれずに若松寺へと下山を開始した。
ここは尾根が明確ではないので適当に歩くと迷ってしまいそうだ。
勢いまかせで滑り降りたいところだが、下手な所に降りてしまうと登り返す羽目にもなる。雪面は緩く、踏み抜きの恐れもある。
ただ、ここまでの淡々とした歩みのおかげで煩悩は消え去り、澄みきった少年の眼差しとなった(と思っている)私は冷静そのものだ。
近道しようなどとは思わず、修験道と思われるルートを確実に下る。
そして、無事に最上三十三観音一番札所・若松観音へと下山した。
若松寺は古くから縁結びのご利益があるらしく、こんな時期でも何組かの若いカップルや夫婦が訪れていた。
どうやらパワースポットとして人気があるようだ。
※若松寺までは車で来れます。
中には子育て地蔵堂もあり、ふくよかな女体の胸部を型取った『子育てお乳さま』が祀られている。
ここでは『子育てお乳さま』をさすりながら、母乳が良く出て子供が元気に育つように祈願するとの事。
オッサン独りで祈願しても問題など一切無いのだが、その様子を客観的に想像してみると・・・実におぞましいな。
通報されずとも白眼視されそうなので、手を合わせて参拝するだけに留めておく。
まてよ・・・、こんな発想をする事自体、煩悩か。
早くも煩悩が目覚めちまったのか?少年の眼差しだったオレよ。
若松寺からは相変わらずの徒歩で天童駅へと向かう。
途中にあった山間の食事処で美味いソバとモチを食べ、天童温泉の公衆浴場(何と100円!)で身体を温めてホッコリ。
気になっていた天童のお土産物もゲットして、無事に修験道の山歩きを終える事ができた。
キレる気になんて到底ならない、心地よい疲労感。
修験道歩きの効果、あったな。
※翌日、Word(文章作成ソフト)の余計なお節介にキレました。
天童温泉の公衆浴場『ふれあい荘』。入浴料は何と100円!