天気も良いので比較的電車でアクセスしやすい裏妙義を歩いてみる。
始発電車で横川駅(群馬県)へ。
駅から1キロ程離れた所にある御岳登山口から登り始め、岩稜伝いに『丁須ノ頭』に向かう。
そして帰りは鍵沢を下山するスケジュール。
念のためのヘルメットに、購入したばかりのスリング(リング状になったロープ)とカラビナを携えての裏妙義岩稜歩きだ。
前々から狙っていたルートだし、購入したばかりのスリングを簡易ハーネスとして使用する方法も調査済み。
使う機会が無いに越したことは無い訳だが、購入したからには実践で使ってみたい気持ちも当然ある。
こんな感じでウキウキと始発電車で出発した。
天気もいい日曜で紅葉シーズンともなれば混み合うだろうと思いきや、到着した横川駅に登山者の姿は見当たらない。
意外と静かな駅前で準備を整え、地元のおじさんから地元情報を入手しておく。
表妙義、裏妙義ともに妙義山系の稜線は細尾根の岩場で、クサリ場も多数あり滑落事故が多発している危険地帯と聞いている。
特に今回の『丁須ノ頭』では深刻な事故も少なくないようなので、状況を見て引き返す事も考慮に入れておかなければ。
先程仕入れた地元情報によると、この辺りは西側に位置する軽井沢からの冷たい風が吹き込んでくると言う。
駅前にいる時点でもそこそこの風が吹いているし稜線上はどうなるのか。
単独と言う事もあるので、稜線に出た時点で無理のない判断をするとしよう。
登山ポストに登山届を提出して、いざ山歩きスタート。
お馴染み昭文社『山と高原地図』でルートを確認する限り、今回予定しているコースは踏み跡不明瞭な点線コースとなっている。
しかし実際に歩いてみると踏み跡をしっかりと確認でき、覚えたての読図技術を発揮するまでもなく歩けそうだ。(ほとんど机上読図)
七福神の石像が点在している箇所を抜けると、早速クサリ場が出てきた。
高度感は無いにしても少々濡れた岩場を登るので、滑らないように慎重さだけは忘れない。
『ザンゲ岩』。「押すなよ!絶対押すなよ!」のシチュエーション。
ある程度登り、尾根に出たところで第一の見どころポイント『鼻曲り』の見晴らし台『ザンゲ岩』に到着した。
岩棚で下が見えない程に突出している『ザンゲ岩』は標高640mとは思えない高度感で、下を覗こうものなら「押すなよ!絶対押すなよ!」と念を押してしまうこと請け合い。
それだけに横川市街地一望で見晴らしは最高。
そして、ここからは落ち葉で敷きつめられた歩きやすい尾根道歩きとなる。
岩場だらけクサリ場だらけを想像していただけに、安心感のある山道に緊張もほぐれ、落ち葉で敷きつめられた秋の山歩きを満喫。
とは言っても細尾根で両側は崖の箇所が多く、時折そこそこの風も吹きつけてくるので程良い緊張感はキープだ。
少々のクサリ場を越え、しばらく歩くと御岳山頂に到着。見るからに山や岩場を歩き慣れていそうなおじさんが休憩していた。
おじさんにこれから向かう『丁須ノ頭』の話を聞いてみると、「その装備なら丁須ノ頭、登れるよ」とサラリと言ってくれる。
内心、風もあるし登るのは止めておこうと思っていたところだったが、少しばかりその気になってきた。
御岳山頂からは丁度、T字のおかしな形をした『丁須ノ頭』が見える。
改めて「あんなの登れる?」と思いながらも、おじさんに礼を伝え、先行して向かう事にする。
ここからはクサリ場が連続して油断ならない岩稜歩きだ。
クサリに頼り切って腕力だけで登らず、足を使って岩場を登り、握力を温存しておく。
国民宿舎側に抜ける分岐点から、岩壁の真下をトラバースして、クサリ場を登れば本日の目的地『丁須ノ頭』に到着だ。
下から見る限り、クサリは整備されているようだが、果たして自分が登れるのかは疑問。
何人かチャレンジしていたものの、「怖いし危ないから止めた」と戻ってくる。
取りあえず肩まで登って様子を見てみる事に。
肩までは特に問題なし。問題は最後のクサリだ。
最後のクサリは岩上から垂れ下がっているだけで空中をブラブラと揺れている。
どう見てもクサリにつかまり、足場を確保できる所まで腕力だけで体を引き上げるしかない。
これは怖い。
止めておこう・・・。
そうこうしている内に、先程御岳山頂で出会ったおじさんがやってきた。
どうやら『丁須ノ頭』に登るらしく登攀準備をしている。
ハーネスやザイルは無く、腰に巻いた簡易ハーネスにスリングを取り付け、クサリにカラビナをかけて確保しながら登るようだ。
さすがクライミング経験もあるようで、簡易装備とは言えサマになっている。
最初の一歩こそクサリにカラビナをかけて確保していたが、その後は三点支持で軽快に登ってしまった。
何だか『丁須ノ頭』のてっぺんで仁王立ちしているおじさんが神々しく見える。
スルスルっと下りてきたおじさんから色々教えてもらうと、最終的には「最初の一歩目を踏み出せるかどうか」だけで、後はクサリだけに頼らず三点支持さえ守れば登れると励ましてくれた。
よし、登ってみるか。
スリングで簡易ハーネスを作り、ヘルメットをかぶって準備よし。
肩まで登り、ブラブラと揺らいでいるクサリに手をかける。
基本小心者の私も覚悟が決まったのか意外と怖がっていない。
カラビナをクサリにかけて確保。
クサリをつかんで体を引き上げる。
ふっと体が宙に浮き、クサリにぶら下がる。
その状態で焦らず岩場に足をかける。
まずは一安心。
クサリにかけたカラビナを外し、上部に掛け替える。
おじさんの言った通り、最初の一歩目だけで、ここからは手足をかける所があるので慎重に行けば問題なさそうだ。
そして『丁須ノ頭』のてっぺんへ登り詰める。
先程のおじさんばりに岩上で仁王立ちしてみると、自分でも意外なくらいに恐怖心がなく清々しい。
風も心地よい。
「この雄姿を見ておくれ!」とばかりに下を見ると、おじさんは既に下山しちゃってる。
うーむ、見てもらえなくて残念。
せっかくなので下で休憩している登山者にお願いして、デポしていたカメラで記念撮影をしてもらう。
基本的に自分の写真撮影は好きではないのだが、達成記念と言う事でヨシとしよう。
写真も撮ってもらい、満足したところで登り同様、慎重に下る事にする。
途中、思いのほか握力が弱っている事にふと気づく。
あまり恐怖心を感じていなかったとは言え、がっしりとクサリを握りしめていたのだろうか。
妙義山はクサリ場で握力がなくなり滑落するケースが多いとの話を思い出し、突然恐怖心が芽生えてしまう。
滑落の恐怖か、人さまに迷惑をかける恐怖か、失敗すること自体の恐怖か。
岩壁にしがみつき、何を恐れているのかも分からない状態に陥ってしまい、「これはまずい」と自己確保して小休止、一端気持ちを落ち着かせる。
程良く冷静になり握力も回復したところで、脳裏をよぎる不吉な妄想を振り切って無事に『丁須ノ頭』を下りる事ができた。
しかし、何だか不安な気持ちが消えない。
一刻も早く下山したい気持ちになり、昼食を摂る予定を変更してそそくさと下山を開始した。
鍵沢は落ち葉で踏み跡が分かりづらいが、基本、谷間を下るルートなので迷う事はない。(※登りでは支沢に入って迷う恐れあり)
下山ルートの地形を事前チェックしていた事もあり、踏み跡不明瞭でもこの不安な気分から逃れたい一心で小走り気味に下山する。
何だかまだ『丁須ノ頭』の側面に張り付いている気分だ。
途中、お地蔵さんのようなケルンや『第二不動の滝』を撮影する余裕が出てきたものの、ザワつく気分は変わらず、登山口が見えた瞬間に走りだす始末。
完全に下山した所でようやく気持ちを落ち着かせる事ができた。
今回体験した『恐怖心』は何に対しての『恐れ』だったのだろうか。
装備、技術、体力を向上させてから、改めて再挑戦、再確認してみたい気持ちになった。
横川駅まで戻り、名物『峠の釜めし屋』でかけそばを食べ(なぜ名物を食べない?!)、不安な気分は完全に払拭された。
何だかんだ言っても小心者。
そんな自分を再確認させられた山歩きとなった。
【マメ情報:初めての『丁須ノ頭』登り】
クサリにカラビナをかけて確保しながら登るのも良いかもしれませんが、カラビナの脱着に手惑うと余計に危険な場合があります。当然ですがハーネス、ザイル等、登攀装備/技術があるに越した事はありません。