以前から計画していた丹沢山地最高峰の蛭ヶ岳日帰り山歩きを決行した。
蛭ヶ岳は登山口から最短でも6時間以上かかるため、日帰りとなると休憩を含まず9時間以上歩かなければならず、これまでの私の体力ではどこかで一泊するしかなかった。
しかも丹沢山地は山中にテン場がなく、基本的にテント泊禁止。
小屋泊は嫌いじゃないのだが、節約のため(ああ、悲しい)日帰りしかない。
すっかり日は短くなったものの、積雪はなく、冷たい空気で歩きやすく、何よりもヤマビルの心配が少ない。
条件もよく、体力にもそこそこ自信が付いた今こそ実行だ。
事前のネットリサーチによると、戸沢山荘でテント設営可能との情報をキャッチ。
前日に戸沢山荘にてテント泊、翌日早朝、テントなどは車に放り込んで身軽な装備で日帰り蛭ヶ岳のスケジュールだ。
昨日17時頃に戸沢山荘に到着。
小屋の管理人はいなかったが、宴会中で山をやっていそうな雰囲気のオヤジさんたちの中に、小屋番(?)らしいパワフルなオバちゃんがいた。
宴会中の皆さん、ご馳走とアドバイスをありがとうございました!
「テント?張ってもいいんじゃない。」
そんな軽い感じで許可をもらい、利用料として一人300円(安い!)をポストに入れる。
「後でおいで。イモ煮あるよ。」とさり気無くお誘いを受けたので、テント設営後に有り難く呼ばれてみた。
小屋に行ってみると実にいい雰囲気。
古くからの知り合いなのか、一緒にいて楽しくてしょうがない感じが伝わってくる。
そんな雰囲気に加えてもらい、イモ煮やら焼き鳥やらをたらふくご馳走になり(お酒も!)、たっぷりと山話も伺うことができた。
「日帰りでヒルか、若いねぇ。」
「天神(尾根)からトウに出た方が近いよ。」
蛭ヶ岳は「ヒル」、塔ノ岳は「トウ」と、言い方が玄人っぽい。
酔っぱらっていても、山の話になると雰囲気がチラリと変わるところも見逃せない。
そんな戸沢山荘で宴会中だった皆さん、ご馳走とアドバイスをありがとうございました!
3時半起床。
外は真っ暗、ではなく、ヘッドランプも必要ない程に月明かりで照らされている。
テントをサッと畳んで車に放り込み、蛭ヶ岳に向けて出発。
さすがに山道に入ると真っ暗になるが、木々の間からチラチラと見え隠れするお月さんに導かれて天神尾根を登って行く。
この時間帯はさすがに誰もいないのだが、ただ独り塔ノ岳へ向かう歩荷さんとすれ違った。
夜空、夜景と共に地平線がうっすらと赤く染まる時間帯。静かです。
「お疲れ様です。どちらまでですか?」
「トウ!」
荷を背負っているところ、つい質問してしまったが、実に玄人っぽい返答。
大倉尾根に合流し、花立山荘に到着するころには、うっすらと朝焼けが始まりつつあった。
コンパクトデジタルカメラではとてもお伝えできない、夜空、夜景と共に地平線がうっすらと赤く染まる何とも言えない景色に時を忘れて見入ってしまう。
御来光も期待できる天気だったが、塔ノ岳に到着するころにはガスに突入。
少々休憩、と立ち止まると見る見るうちに体温が奪われ、ガスの中ということもあって寒い。
「これはたまらん」とばかりに、狗留孫仏を祀ってある石祠に軽く手を合わせて先を急ぐことにする。
日が昇ると徐々にガスが晴れてゆき、『おぼろ月』ならぬ『おぼろ日の出』に照らされ丹沢山が姿を現した。
周囲の山々も次々と現れ、丹沢山に到着するころには、視界良好、天気は最高だ。
それでも富士山には少しばかり雲がかかり、その姿をなかなか見せてくれない『じらし富士』となっていた。(※勝手に考えた造語です)
蛭ヶ岳までの丹沢主脈では、アップダウンを繰り返し、いくつものピークを越えていかなければならない。
丹沢山→不動ノ峰→棚沢ノ頭→鬼ヶ岩ノ頭、そしてようやく蛭ヶ岳となる。
まさに越えても越えてもなかなか着かない『じらし蛭』といったところだ。(※勝手に考えた造語です)
とは言え、いい具合に冠雪している富士山を眺めながら笹原の広がる尾根を歩くのは気持ちがいいものだ。
ペースを守って淡々と歩いていても、登りになるとやはり呼吸が乱れる。
それでも平坦な場所や下りで呼吸を整え、回復させる歩き方ができるようになったおかげで、休憩することなくピークを越えてゆく。
蛭ヶ岳までの最後のピークである『鬼ヶ岩ノ頭』から急峻な岩場を下れば、いよいよ蛭ヶ岳山頂までもう一登りだ。
写真撮影スポットとなっている鬼ヶ岩ではツアーのお客さんで渋滞中だったため、写真撮影は後回しにして一気に蛭ヶ岳へ向かう。
そして蛭ヶ岳山頂へ到着。
富士山は勿論のこと、うっすらではあるが南アルプス、八ヶ岳も確認できる好天だ。
ここまで休憩もあまりせず、予定のスケジュールよりも1時間以上早く到着することが出来て大満足。
そして何よりも山の形をみて「おっ、あれは赤岳じゃないか!」と、わかるようになってきた自分に少し酔う。
たっぷりと休憩、少しばかり早い昼食(朝食?)を取り、来た道を引き返す。
すっかりツアーのお客さんもいなくなった頃合いを見計らい鬼ヶ岩ノ頭で写真撮影。
なるほど、皆、立ち止まり撮影したくなる気持ちが良くわかるスポットだ。
下山とは言え、またいくつものピークを越えてゆかねばならない。
蛭ヶ岳へ向かう時は気にならなかったが、ついさっき来た道を引き返すとなると、やはり「またか」と思わずにはいられない。
そのせいもあってか、息も切れやすく『みだれ蛭』になりやすい。
【みだれ蛭(みだれびる)】
[意] 蛭ヶ岳山行にて息が切れる状態。転じて疲労した様子。「彼は~のようだ」
[類] 『あばれ蛭』→より疲労困憊の様子。
(※言うまでもなく勝手に考えた造語です)
登るとき暗くて(見えなくて)良かった・・・と思ってしまう勾配です。
黙々と来た道を引き返すこと3時間半。
予定以上に早い段階で戸沢山荘に戻ってくることができた。
今年初めから始めた山歩きだが、体力もそこそこに、いい感じで歩けるようになってきたことに大満足だ。
そして戸沢山荘での前夜祭(単なる宴会?)も良かった。
イモ煮、ウマかったなぁ・・・。
※ちなみに本文中に紹介される『勝手に考えた造語』は、山歩き中に頭をよぎったものです。(しょーもない)