山歩き人として返答に迷う質問がある。
「どの山が良かったですか」
コレ。
季節や状況次第で山行の印象がガラリと変わってしまうため、1~2回登っただけでその山の良し悪しを決めてしまう事に気が引けてしまうのだ。特に山行中の天気の要素は大きく、乱暴に言ってしまえば好天の山頂はどこも気持ちがイイものだ。
私のような小難しく考える者に「どの山が良かったか順位を述べよ」等の質問をする場合は、以下のように言葉を変えると良い。
「思い出深い山はありましたか」
コレ。
この質問で真っ先に頭に浮かぶのが今回の目的地である日光女峰山だ。これまで一度しか訪れた事はないのだが、その山行で起きた数々の出来事は実に思い出深く、女峰山山頂は好印象として今でも記憶に残っている。(
2013年8月11日参照)
果して今回はどんな印象となるだろうか。
始発の電車に揺られて東武日光駅に到着。見上げるとうっすらと雪化粧をまとった日光連山が出迎えてくれる。ここ数日、年に数回程の大寒波の影響で日本海側を中心に大雪に見舞われている。太平洋側は好天でも山域ではどうなるか。天気に注意を払って行くとしよう。
スケジュールとしては、東武日光駅から歩き始めて日光東照宮の裏手にある行者堂の登山口から入山。本日は、女峰山の中腹にある唐沢避難小屋に宿泊して、翌朝、様子を見て女峰山に登る予定にしている。
身支度をして「さあ行くぞ」と意気込んで駅を出たところで単独の観光者に捕まってしばらく談話。まあ、私にはよくある事だ。本日は明るい内に唐沢避難小屋へ辿り着ければいいので、多少の道草も許されるだろう。
駅前からは女峰山方面の山々が鎮座しているのが見える。青空で素晴らしい眺め、と言いたいところだが、肝心の女峰山山頂には雪雲が掛かっていた。晴れそうにないこの雲を眺めながらも、一時でも晴れる事を期待して出発だ。
紅葉シーズン中は大渋滞するのだろうが、シーズンオフで静かとなった『日本ロマンチック街道』を日光東照宮に向かって歩く。流石に歴史ある街らしく、古くて味わい深い建物が道路の両脇に並ぶ。『日本ロマンチック街道』の名称には少々赤面してしまうが、バスを使わず歩いても楽しい通りだ。
日光東照宮付近を散策しながら登山口となる行者堂に到着。設置されている登山者ポストに登山届けを提出して黒岩尾根を登り始める。
(※登山届けの用紙はないので、事前に用意してください)
この辺りは積雪ゼロ。ただ、ここ最近の冷え込みで山道には霜柱が立ち、歩くたびにバリバリと音をたてている。既に踏み潰された形跡をみる限り、先行者が数人いるようだ。
行者堂から女峰山までは、距離も標高差もあるため日帰りするには少々大変だ。無積雪ならまだしも、積雪のある時期は厳しいだろう。先行者はどんなスケジュールなのかを想像しながら歩いていると、入山後初めて人と遭遇した。
遭遇したのはライフルを背負った単独の狩猟者。
そして話好き。
狩猟に興味がある私としては、ここでも道草談話だ。先行していた登山者情報も伺うと、先行者は一人で日帰り装備との事。どうやら今宵は一人ぼっちの避難小屋宿泊となりそうだ。
竜巻山と黒岩の鞍部にある『遥拝石』からが本格的な登りとなり、それまでは比較的なだらかな樹林帯や笹原を4時間ほど歩かなければならない。一気に標高を稼げなくとも進むほどに気温は下がり、チラチラと雪が舞って積雪も目立ってきた。駅を出た時点の青空はもう見えず、冬らしいどんよりとした空が広がっている。
行程が長いので所々で小休止を挟むと、数分でもあっという間に指先が凍えてしまう。こうなると、末端冷え性である私の指先は感覚ゼロだ。そして、再び歩き始めて体が暖まると冷えきった指先に血が通い始め、感覚が戻るとき特有の痛みを味わう事となる。子供の頃によく体験したあのジンジンする鈍痛に「厳冬季用のグローブを持ってくればよかった」と後悔するばかり。
痛い痛いとブツブツ言いながらも遥拝岩までやって来た。先行していた登山者は時間切れのため引き返し、下山していった。いよいよ一人ぼっち状態に突入だ。
遥拝石で休憩していると、急に空が明るくなり晴れ間が広がった。そして、暖かな日差しを受ける。ああ、太陽って素晴らしい。と言うか暖かいって素晴らしいな。ジンジンしている私の指先も嬉しそうだ。
日が差すと同時に周囲の景色も明確に現れ始めた。
目の前に拡がる雲竜渓谷へと切れ落ちる断崖絶壁は、積雪期ならではの容赦ない厳しさがある。それだけに美しく、魅力的だ。そんな断崖絶壁を登る訳もないが、これから始まる急傾斜の登りに向けて気が引き締まる景色だ。
ここからの積雪量は多くなるが、目印もあって山道はわかりやすい。まだ積雪したてのこの時期では、雪も締まっておらず夏道を通った方が安全そうだ。
それにしても指先が死んでる。なかなか復活しない。
雪道の歩き辛さに加え、疲労も蓄積されてきたのか呼吸が乱れるばかりで運動量も落ちてきた。そのせいで体もなかなか暖まらず、指先にまで血が行き届いていないかのようだ。
手を脇に挟んで暖めながら進むと、ようやく女峰山の全貌が見えてきた。その下方には、本日の宿泊地である唐沢避難小屋も視界に入った。
雪景色のせいか、女性的な優しさなど皆無で、ただただ厳しい雰囲気を放つ女峰山。これには『厳しさ』を通り過ぎて格好良く見えてしまう。このグレートマザーの山容を励みにもう一頑張りだ。
帝釈山から女峰山へ延びる稜線。右下に小さく見えるのが唐沢避難小屋。
ここまで来れば急な登りは終わり、唐沢避難小屋までは多少のアップダウンのみとなる。ただ尾根には乗っておらず、雪面をトラバース(平行移動)しなければならないため油断はできない。樹林帯では問題なくても、樹林が途切れた箇所では雪面はガチガチだ。
唐沢避難小屋は目前だが、ここでアイゼンを装着。ただ、感覚ゼロの指先を暖めてから何とか装着できたような状態だ。
すっかり遅くなってしまったが、誰もいない唐沢避難小屋に到着した。
ふと、足下を見ると、いつの間にか片方のアイゼンがない。少し戻ったところで発見したとは言え、アイゼンが外れるなんてあってはいけないミスだ。なんて事のない山道で外れたから良かったものの、場所によっては想像するだけで恐ろしい。
指先の冷え、歩みの遅さ、そしてアイゼン脱落のミス。この時点で明日の女峰山登頂は止めだ。こんな状態ではグレートマザーに怒られてしまう。いや、容赦無用で突き落とされかねない。
経験と装備を改めてからにしよう。
真っ暗な唐沢避難小屋に入ると、利用者のマナーや管理が行き届いているようで綺麗な状態だ。そして、マットや毛布も常備されている。誰もいない事だし、持参した装備に加えてありがたく利用させてもらおう。
食事の準備をしている間にも、カップに入れておいた水が凍ってしまう室内気温。それでも、常備されていたマットと毛布のお陰で、街の生活並にヌクヌクと就寝する事ができた。
暖かいって素晴らしいな。
ただ、夜半頃に扉をノックする音が聞こえたのだが、あれは風だよな。風のイタズラだよな!(小心者なので同意して下さい)
ちなみに、風の音は聞こえませんでしたが・・・。