大朝日岳を主峰とする山形県の朝日山地には、日本最狭と言われる吊り橋が存在する。
『カクナラ橋』。
足場が10cmにも満たないその狭さは、山歩き人としての冒険心をガッチリと鷲掴み。
今回はピークを求めず、日本最狭の吊り橋を渡るためだけにお山へと出発だ。
小国町から林道伝いに進み、針生平を越えたところに今回の登山口となる大石橋駐車場がある。
地形図を見ると『針生平』には『はんなりだいら』と振り仮名が記されていた。
京言葉で華やかさを意味する『はんなり』とは無関係のようで、語感は魅力的だが、その景色からは華やかな要素を感じられない。
そんな、なんの変哲もない景色を通り抜け、大石橋駐車場に到着。
時間が遅い事もあって、駐車スペースはほぼ満車状態となっていた。
中にはマイクロバスも駐車されている。
どうやらココは、祝瓶山、大朝日岳の登山口として人気があるようだ。
何とか駐車したところで出発準備。
今回は友人K、ヨメ、私の計3人での山行となる。
山行では初めての顔合わせとなり、お調子者のヨメの性格を知る私としては、文字通り調子に乗り過ぎないか少々心配だ。
身支度を整えて、山道沿いに流れる荒川に降りて顔を洗う。
これから始まる夏山シーズンを感じさせる心地よい水温だ。
少し離れたところで、何かがドボンと落ちる音がした。
音の方向を見ると、足を滑らせて両足を完全に水没させているヨメの姿が。
・・・ヤレヤレ。
気分を改めて、日本最狭の吊り橋を目指して山歩きスタート。
本日は、川幅の広い荒川の源流に沿って、大石橋、白布橋、カクナラ橋の3つの吊り橋を渡りながら角楢小屋まで歩く、往復3時間ほどの軽めの散策。
天気も不安定なので、あっちもこっちもと欲張らないのが吉だ。
第一の吊り橋『大石橋』は、駐車場からすぐのところにある。
吊り橋の幅は普通なのだが、足場板が片側だけに渡されており、足場のない箇所は下が丸見えで余計に高所感を煽る。
そして、吊り橋だけあってよく揺れる。
先程の失態にも懲りていないのか、ヨメは吊り橋の中心で片足立ちのヨガポーズを決め込んでいる。
・・・ヤレヤレだ。
一歩毎にゆっさゆっさと吊り橋を揺らしながら難なく通過。
次なる吊り橋へ向かう。
第二の吊り橋『白布橋』へは、途中にある分岐点から、吊り橋を渡るルートと、吊り橋下の堰堤を渡る『潜り橋登山道』のどちらかを選ぶ事となる。
当然、吊り橋ルートを選択だ。
※『潜り橋登山道』は水量や流木など、状況によって通れない場合があります。
『白布橋』の幅は足場板一枚分。
手すりとなるワイヤーの位置が低く、片側だけに重心を掛けると引っくり返りそうだ。
『大石橋』よりも、更にゆっさゆっさと揺らしながら通過。
第三の吊り橋へと向かう。
この区間では多くのギンリョウソウを目にした。
薄暗い樹林帯にポツリと咲いているイメージのギンリョウソウだったが、ここでは一斉に眠りから覚めたように、あちこちで落ち葉を押し上げて頭をもたげている。
ギンリョウソウばかりではなく、色鮮やかな新緑の樹林帯からは生命の息吹をビンビンに感じ、地面に落ちているトチの実からも芽吹きを見る事ができる。
そして、虫。
まだ時期的に少ないとは言え、既にブヨのヤツに何ヵ所かヤられている。
これも夏山シーズン到来を感じさせる要素ではあるが、痒みの伴う毒は盛らないで欲しい。
第三の吊り橋にして、本日の目的地である日本最狭の『カクナラ橋』まで来た。
おおっ、これは狭いぞ。
噂にたがわず本当に狭い。
10cmにも満たない直径の丸太が、ワイヤーで固定されているだけの簡単な構造に、せめて角材にして欲しいと思ってしまう狭さだ。
これは、あまりおふざけが過ぎると、滑って股間を強打、そのまま回って落下、なんて喜劇的な展開もあり得ない話ではない。
大はしゃぎしたい気持ちを抑えて慎重に渡らなければ。
大人としての冷静さを保ちつつ、子供さながらの冒険心を刺激されて『カクナラ橋』を渡る。
さすがのヨメもここでは慎重な様子。
ちなみに、豪雪地帯であるこのエリアでは、雪の重みによる吊り橋崩壊を防ぐために積雪面積を狭くしているとの事。
単にスリリングな綱渡り体験を提供しているのではなく、歴とした理由があった訳だな。
無事に通過し、吊り橋を満喫した後は、『カクナラ橋』から5分程歩いたところにある角楢小屋(避難小屋)へ。
本日はココまで。
このまま大朝日岳まで登りたい気持ちは山々だが、予定通りに来た道を引き返して、本日の山行は無事に終了した。
日本最狭の吊り橋。
この称号は伊達ではなく、吊り橋マニアなら必渡(?)の吊り橋だった。