2015年9月22日
後立山連峰:2日目
五竜岳、鹿島槍ヶ岳:ビスターライ精神で得た景色。

五竜岳にむけて出発。


ぐおーっ。
ぎゅーっ。
ぴゅーっ。

様々なイビキが鳴り響く中で起床。

昨晩は寝る直前になって軽い頭痛と吐き気の高山病らしき症状が出てしまった。これには標高の影響を受けやすい我が身にほとほとがっかりさせられたが、起きてみると症状は解消されていた。

はあ、良かった。
この体調なら予定通り後立山連峰縦走を続行できる。

本日の行程は少々長く、五竜岳から八峰(はちみね)キレット、鹿島槍ヶ岳を越えて冷池(つめたいけ)山荘のテン場を目指す。一般的なコースタイムでは9時間程の行程となる。

昨日までの疲れは取れた。気になるのは高度に弱い我が心肺機能のみだ。呼吸に注意しながらゆくとしよう。

4時過ぎ。

見上げると一点の曇りもない夜空に星々が散らばっている。五竜岳山頂からの御来光に期待せずにはいられない絶好の天気だ。

同じことを考えている登山者は多く、山頂へと続く山道にはヘッドランプの灯りが点々と見える。私も夜明け前までに五竜岳山頂を目指す。

ただ、本日の私はビスターライ精神だ。

五竜岳山頂へと続くヘッドランプの灯り。


昨日、隣の寝床だったおじさんから、ネパールのヒマラヤトレッキングに参加した時の話を伺った。現地のガイドはとにかくゆっくり歩くことを勧めるらしく、「ゆっくり」を意味する「ビスターライ」と頻繁に声を掛けられていたと言う。今でも呼吸が乱れそうになったら思い出すとおじさんは言っていた。

ちなみにおじさんは沢登り、冬山、クライミングと一通り経験されている根っからの山屋だ。

このおじさんの話を取り入れて本当にゆっくりした動きで登り始めると、確かに休憩しなくても息切れナシだ。他登山者から次々に追い越されはするが、自分で心地好く感じられるペースが大事。「ビスターライ、ビスターライ」と自分に言い聞かせながら夜明け前の五竜岳山頂に到着した。

朝焼けの始まった美しい色合いが五竜岳を取り囲む。長大な飛騨山脈はもとより、すぐ隣に位置する立山連峰、特に劔岳の存在感が際立っている。劔岳、いずれ登らねばな。

しばらくして御来光が訪れる。

夜明け前の青みがかった峰々が紅きに染まってゆく。全ての色合いが刻一刻と変化する光景を眺めていると、善きも悪きも全てがリセットされる気分だ。

【五竜岳】
武田家の紋章である『武田菱』の雪形が現れることから『御菱(ごりょう)』と呼ばれ、『ごりゅう』に転訛したのが山名由来とされます。(※諸説あります)
旧字体で記すと『五龍嶽』。カッコいい。


五竜岳山頂から御来光。


紅きに染まる立山連峰と五竜岳(?)の影。


今日も一日お願いいたします。

切れ落ちた岩稜を越えて鹿島槍ヶ岳へ。


リセットされた新たな気分で縦走を再開する。

これから向かう灰色の岩稜が朝焼けに染まっている。無骨な造形美を持つこの区間は、ピーク間で険しく切れ落ちた『キレット』と呼ばれる地形で、一般山道の中では危険度が高い。細尾根の連続で距離もあるため体力と集中力が必要とされる区間だ。

ヘルメットをかぶり、まずは急なガレ場を200m程下る。落石を引き起こさないよう足の踏み場を選びながら安定した呼吸で下る。ある程度下ると、次は険しい岩場のアップダウンとなる。

今朝同様のビスターライ精神でゆっくりした歩みを意識していたが、急峻な岩場では歩調を調整しづらく徐々に呼吸が乱れてゆく。ビスターライ歩きでもカバーできない心肺機能の低下に小休止も多くなる。こうなると精神的に辛くなり、いくつかの岩場を越えても前方にそびえ立つ鹿島槍ヶ岳に近づいている気が一向にしない。

それでも呼吸を整えて一歩、また一歩と進む。

半歩でも進む。

足元に気を付けて岩場を進みます。


気がつくと五竜岳と鹿島槍ヶ岳間の最低鞍部となる口ノ沢のコルまでやって来た。ここからもうしばらく進めば、本日の行程の中間地点となる八峰キレット小屋だ。とは言え、あまり先のことは考えないようにしてジリジリと歩みを続行。

「まだ着かないか・・・」

いつの間にか先を考えながら足場の狭い岩場をトラバース(平行移動)していると、そびえる岩壁の狭間に建つ八峰キレット小屋が唐突に現れた。

「やっと着いた・・・」と思うよりも先に、秘密結社のアジト的環境に「カッコいい!」の感想が出る。こんなところに小屋を建てようと思った創設者には脱帽の格好良さだ。

八峰キレット小屋でしばし休憩。

汗はさほどかいていないのに、ハアハアと呼吸を乱したせいか口の中がカラカラに乾いている。たまらず購入したポカリスエット(500円)は瞬く間に体内へ吸収された。

岩壁の狭間に建つ八峰キレット小屋。


ここからは八峰キレットの核心部を越え、鹿島槍ヶ岳山頂目指して急な岩場を300mほど登り返せば、後はなだらかな山道となる。

つまり、ここが最大の山場だ。

切り立った崖にかかる垂直のハシゴ伝いに八峰キレットの核心部へと下降する。その後、崖っぷちをトラバースしていると背後で大きめの落石音が聞こえてきた。「こりゃあ恐ろしい」とばかりに核心部から脱すると、再び落石音が谷間に鳴り響く。

しばらくすると人がやってきた。空身で長靴の格好から山小屋関係者だとすぐに分かる。先程の落石のことを話すと、昨日、浮き石による転倒で骨折した登山者がいたらしく、山道整備の一環として浮き石処理をしていたとのことだった。

骨折した登山者はつい先程ヘリで搬送され、山小屋関係者は残置された怪我人のザックを回収して「ではお気をつけて」と去っていった。

それにしても、こんな狭い岩場で転倒して骨折だけで済んだなんて不幸中の幸い。同じ登山者として『明日は我が身』と思わずにはいられない。教訓とさせてもらい気を引き締めていこう。

八峰キレットの核心部へと下降。


八峰キレット越えも残すところ鹿島槍ヶ岳の登り返しのみとなった。

呼吸は乱れやすいが精神力と筋力はまだまだ健在。険しい岩場、ザレ場を一歩一歩と確実に登ってゆく。途中、下ってくる登山者が誤って落としたこぶし大の落石に肝を冷やしたりもしたが、これも『明日は我が身』。明日どころかすぐさま自分の足下への注意を増して、落石を誘発させないように登る。

双耳峰となる鹿島槍ヶ岳の吊尾根鞍部までやって来た。ここにザックをデポ(残置)して北峰山頂へと向かう。

空身になったこともあり足取りは軽い。もうすぐ到達する頂点を前にして喜びが湧き上がってくる。そして、鹿島槍ヶ岳北峰山頂へ。

遮るものなく全ての景色が開放される。周囲を見渡せば北アルプスの岩峰群が連なる壮大な景色が秋晴れの下で広がっている。そんな景色に辿り着いた、久し振りに感じる登頂での達成感。

・・・最高だ。

山頂からはこれまで越えてきた五竜岳、八峰キレットの岩稜が一直線に並んで見える。途中、激しい息切れに「この先、登れるのか?」と何度も感じたものの、ビスターライ精神でここまでやってこれた。一歩でも半歩でも進めば、いつかは山頂に辿り着くものだ。

吊尾根から鹿島槍ヶ岳北峰への最後の登り。


鹿島槍ヶ岳北峰です。


これまで越えてきた五竜岳、八峰キレットの岩稜。

北峰山頂で達成感を味わい尽くした後、続いて南峰へと向かう。ザックを回収して南峰へ登り始めると再び呼吸が乱れだし、「ああ、やっぱりですか・・・」と観念してしょんぼりしながら登る。

先程までの清々しい達成感は何処へやらだ。

到着した鹿島槍ヶ岳南峰はツアーの登山者で賑わっていた。北峰より南峰の方が標高は高いため、鹿島槍ヶ岳山頂と言えば南峰を指すようだ。しかし北峰で存分に達成感を味わっている私は、小休止するだけにして鹿島槍ヶ岳南峰を後にする。

【鹿島槍ヶ岳】
鹿島集落にある槍のような鋭峰、と見た目が山名由来とされます。(※諸説あります)
他にも名称がいくつかあり、双耳峰であることから『背比べ岳』、雪形から『ツル岳』『シシ岳』とも呼ばれます。


鹿島槍ヶ岳北峰から見た南峰。


鹿島槍ヶ岳南峰です。


白馬岳へと続く後立山連峰。

鹿島槍ヶ岳南峰から本日の宿泊地の冷池(つめたいけ)山荘までは、これまでの岩場の険しさから一転、緩やかな斜面となる。途中、布引岳へ多少の登りはあっても歩調を整えやすく、ビスターライ歩きの本領発揮だ。

爺ヶ岳の3つのピークを正面にして緩やかな山道を歩くこと1時間半で、宿泊地となる冷池山荘のテン場に到着。これにて山行2日目の行程は無事に終了した。

ふう、疲れた。

呼吸を乱して辛かった印象の割に到着時間は予定していたよりも早かった。おかげでテント設営スペースにはまだまだ余裕があり、昨日は単なる重りにしかならなかったテント泊装備がようやく活用できる。そう思うと、持ってきた甲斐があったと言うものだ。

鹿島槍ヶ岳南峰からは緩やかな山道となります。


鹿島槍ヶ岳の南側斜面。穏やかです。


冷池山荘のテン場に到着。

【冷池山荘のテン場】
冷池山荘からテン場までは往復10分程かかります。しかも、結構な標高差で売店やトイレは冷池山荘にあるのでテン場利用者は覚悟してください。


立山連峰へと沈む夕日。


テント設営後は昼寝に読書、早目に夕食を済ませて暮れゆく山々を眺める。

本日は五竜岳から朝日を眺め、鹿島槍ヶ岳から後立山連峰を眺め、そして今、冷池山荘のテン場から立山連峰へと沈む夕日を眺めている。思い返せば終始秋晴れに恵まれた最高の山行であり、達成感ある縦走2日目となった。

これも「ビスターライ、ビスターライ(ゆっくり、ゆっくり)」のおかげだ。

漫画的山行記録

3時起床。

心肺機能の弱い私ですが今のところ高度障害はありません。

ただ、過度な息切れは高山病のもとになるのでゆっくりペースで次なる宿泊地である冷池山荘を目指します。

ネパール語で言うビスターライ(ゆっくり)歩きで後立山連峰縦走2日目スタート。

五竜岳から御来光を拝むため、暗い内から出発です。

足元を照らして確実に登ります。

クサリ場も少々。

夜明け前の五竜岳。

夜空の深い蒼との境目がクッキリ。

五竜岳山頂付近の分岐点に到着。

朝焼けが始まりました。

山頂には御来光待ちの人々が集まっています。

立山連峰を背景に五竜岳山頂。

夜明け前の剱岳。

八峰キレットと双耳峰の鹿島槍ヶ岳。本日の越えるべきルートです。

遠くには富士山も。

静かに御来光が訪れます。

五竜岳からおはようございます。

立山連峰にも朝日が当たり、五竜岳の影(?)も延びます。

今日も一日よろしくお願いします。

では鹿島槍に向かって出発。

まずはザレ場を一気に下降。

縦走路は富山側なのでこの時間帯はほぼ日陰です。

アップダウンを繰り返して最低鞍部を目指します。

爽快な景色を見ながら休憩中。

アップダウンで心肺機能が弱ってきた・・・。

とは言え、足元の注意を怠ってはいけません。

一輪だけ見かけたチシマギキョウに励まされ、

イワヒバリ(?)のさえずりにも励まされて進みます。

ハシゴを登って岩場を越えます。

黙々と鹿島槍槍ヶ岳へ向かいます。

剱岳をバックに北尾根ノ頭。

鹿島槍に近づいた・・・気がしない。

最低鞍部の口ノ沢のコルまで来ました。

落石に注意して登ります。

頭上注意。

振り返れば重量感のある五竜岳。

やはり落石に注意して登ります。

八峰キレット小屋まであと25分ッ!

鹿島槍に近づいた・・・気が少しする。

ザレ場を下ってあと15分ッ!

ハシゴを登ってあと10分ッ!

頭上では昨日負傷した登山者を収容中でした。

救助された登山者は骨折だけで命に別条はなかったそうです。

ともあれ明日は我が身。気を引き締めます。

ようやく見えた八峰キレット小屋。

到着しました。

本日の行程ではココが中間地点。

休憩できたので改めて鹿島槍ヶ岳へ向けて出発。

早くも写真撮影と言う名の休憩。呼吸を整えます。

八峰キレットの核心部へ。

狭い岩場を渡ります。

整備されているため比較的安心感があります。

頭上は岩壁。

ようやく鹿島槍ヶ岳への登りです。

八峰キレットを越えて鹿島槍ヶ岳北峰/南峰に架かる吊尾根に乗りました。

さあ、快晴の鹿島槍ヶ岳(北峰)山頂へ。

鹿島槍ヶ岳北峰に到着。

本日越えてきた後立山縦走路をしみじみと眺めます。

そして雪渓の残る深い谷を悠々と見下ろします。

南側には槍・穂高連峰、そして明日に登る爺ヶ岳が望めます。

続いて鹿島槍ヶ岳南峰へ向かいます。

本日の険しい登りはこれで最後。

呼吸が乱れながらも登ります。

来たぞ、鹿島槍ヶ岳(南峰)山頂っ!

後立山縦走路の富山側の裾野。

そして長野側。

最後は呼吸を激しく乱しましたが、素晴らしい景色を得て大満足です。

ここからはこれまでの険しさとは変わってなだらかになります。

疲れてますがこの景色のように心穏やか。

立山連峰を見ながら歩きます。

本日最後のピークとなる布引岳。

到着。

あとは爺ヶ岳を正面に見ながら冷池山荘のテン場まで歩きます。

秋色へ染まり始め。

こちらはすっかり秋色。

冷池山荘のテン場に到着しました。

冷池山荘でテン場の申し込み。

この冷池山荘からテン場までは地味に遠い・・・。

なので何度も往復しないよう、一度に用事を済ませます。

給水所はこちら。

テントに戻って靴脱ぎの儀式。

解放っ!

山々を眺めながらテントで昼寝の図。

明日は爺ヶ岳を登って扇沢へ下山します。

おや?槍の先っちょかね。

夕暮れ前に早目の夕食。

立山連峰に夕暮れが訪れます。

爺ヶ岳の上にはお月さま。

落日。

東の空には本日最後の光が射し込みます。

お疲れ様でした。

よっしゃ、テント内でスナックタイムだっ!

ニューヨークマヨネーズとはどえらいスナックだぜ。

おわり

漫画的山行記録
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本日の山行情報

単独行/2日目/テント泊/縦走/電車・バス登山

五竜岳(ごりゅうだけ)
標高2814m
詳細(外部リンク)
鹿島槍ヶ岳(かしまやりがたけ)
標高2889m
詳細(外部リンク)

本日のスケジュール

五竜山荘[着] 04:09 - [発] 04:11
 ↓ 65分 
五竜岳[着] 05:16 - [発] 05:20
 ↓ 219分 
キレット小屋[着] 08:59 - [発] 09:17
 ↓ 116分 
鹿島槍ヶ岳北峰[着] 11:13 - [発] 11:27
 ↓ 45分 
鹿島槍ヶ岳南峰[着] 12:12 - [発] 12:27
 ↓ 43分 
布引山[着] 13:10 - [発] 13:19
 ↓ 42分 
冷池山荘テン場[着] 14:01 - [発] 14:04
 ↓ 7分 
冷池山荘[着] 14:11 - [発] 14:20
 ↓ 10分 
冷池山荘テン場[着] 14:30 - [発] 14:32

行動時間:9時間7分(休憩含む)

本日のおすすめ(お土産/温泉情報)

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