唐突に大きいモノが見たくなった。
『広い』でも『高い』でも『深い』でもなく、『大きい』モノ。
雄大な大自然に身を置いて己のちっぽけさを感じるとか、そんなごたくも必要なく、とにかく衝動的に『大きい』モノを見たくなったのだ。
そこで思い浮かんだのが浅間山。
以前、火口縁(第二外輪山)まで登った時に感じたスケールの大きさが、鮮明な印象として残っている。
あれは大きかった。
よし、己の衝動に従い、改めて浅間山を歩きにいこう。
※山行の際は事前の天気チェックや準備を怠らないように。
前日夜のうちに車を走らせ、峠を攻めるやんちゃな若者や、コーナーに群がるギャラリーたちを横目に、極めて安全運転で車坂峠の駐車場へと移動。
ありがたい事にココは静かだ。
見上げると空には星々が散らばっている。
この分だと好天下での山歩きが期待できそうだ。
車中泊して3時に起床。
外はうっすらとガスが掛かっている。
日の出時刻が近づき、気温が上がればガスも消えるだろう。
そう思う事にして、稜線上で御来光を拝むために暗闇の山道(表コース)を歩き始めた。
気配のない暗闇の山中。
静かだ。
既に起きているだろう野性動物たちも気配を殺しているようで、辺りは静まり返っている。虫ですら気配を殺している感じがする。
私もソロリソロリと静かに歩きつつ、野性動物とのニアミスを防ぐためにクマ鈴を鳴らしながら歩く。
今思えば、気配を殺したいのか、存在をアピールしたいのか。
どっちだったのか。
途中までは小諸市の夜景も見えていたが、緊急避難用のシェルターを過ぎて『トーミの頭』まで来ると、一斉に雲が湧き上がってきた。
一面雲にのまれたかと思えば、しばらくすると雲が流れて景色が現れる。そして、また雲の中へ。
せっかく見晴らしの良い『トーミの頭』も、湧き上がる雲の多さでスッキリと景色を確認できない状況だ。
それでも雲に紛れて、朝焼けに染まる浅間山がうっすらと現れた。
全体を確認できなくとも、やはり大きい。
火口から絶えず噴出されている噴煙は、まとわりつく雲と同化して区別がつかず、山全体を覆っている雲が湯気のようにも見える。
その様子は怒気を帯びた厳つい親父そのもので、今にもキレそうであり、怒りを沈めているようでもある。
兎にも角にも、姿を現した浅間の親父はアグレッシブに活きていた。
浅間山(前掛山)への最短ルートは、『トーミの頭』から『草すべり』を下るのだが、私は第一外輪山伝いに歩いて『Jバンド』から湯ノ平へ下るルートをとる。
第一外輪山にはトーミの頭から黒班山、蛇骨岳、仙人岳、Jバンド(鋸岳)と、稜線伝いに歩ける比較的なだらかな縦走路がある。
縦走路自体は歩きやすそうだが、湯ノ平側は切り立った崖となっているのが地形図から読み取れる。
崖。
つまり、眺望は素晴らしいと言う事だ。
【トーミの頭とJバンド】
『トーミの頭』は、遠くを見渡せる『遠見』が由来だとか。
トミーの頭部に似ている訳ではなく残念。(誰?)
『Jバンド』は、登山道が『J』の文字のように急であるのが由来だとか。
地元バンドグループの活動拠点な訳もなく残念。
歩き始めると、雲に覆われて残念なガス景色となってしまう。
眼下に辛うじて見えた湯ノ平は、崖の上から見下ろしている高度感と相まって小さな箱庭のようだ。
コレ、雲もなく全体を一望出来たら、さぞかし壮観だろうな。
早いところ雲が上がってくれるのを期待して、第一外輪山縦走路を進む。
湯ノ平へと下る『Jバンド』までやってきた。
天気は回復傾向にあり、雲が上がるのはもう時間の問題。
その証拠に青空はエリアを続々と拡大している。
そして、朝日に照らされて浅間山が全貌を明らかにした。
浅間、現る。
『大きいモノ』を見たい私の欲求を満たしても余りある大きさの浅間山が、私の目の前にドッシリと鎮座している。
その存在感は圧倒的。
大きい!
重い!
親父的!
ああ、なるほど。
そう言う事か。
小さい、軽い、子供的、つまり私。
私は、私に無い要素を求めていたのだな。
よっしゃ。
浅間の親父を登ってやるか。
Jバンドから湯ノ平へと下り、浅間山を見上げながら賽ノ河原分岐へ。
ここから、改めて浅間山山頂(前掛山)を目指して登り始めた。
浅間山に登りのバリエーションなど一切ない。
斜面をひたすら斜めに登る、それだけだ。
そう言った意味では、登りが単調と言われる富士山の方が山道のバリエーションは遥かに多い。
それでも、私を魅了する圧倒的存在感が浅間山には備わっている。
活火山や雄大な山は数多くあると言うのに、浅間山の持つ頑固親父的な存在感は、他の追随を許さない別次元の代物。
これは浅間山でしか得られない唯一無二の感覚だ。
朝の時間帯でも容赦なく照りつける日射しを受けながら登ると、みるみる内に周囲の景色が小さく、そして低くなってゆく。
浅間山の大きさも、より一層際立ってくる。
前掛山のある第二外輪山の稜線に乗った。
稜線からは山頂と思えない広大な窪地(カルデラ)が見られ、立入禁止区域となる中央火口墳丘が何にも動ぜず盛り上がっている。
上空には多くのイワツバメが飛び交い、目的地である前掛山山頂道標も視界に入った。
周囲に広がる大地や空の大きさに浸りながら最後の歩みを進める。
【三重式火山】
浅間山は三重式火山とも言われ、二重のカルデラで構成されています。
中央火口墳丘の外側に第二外輪山(前掛山)、更に外側に第一外輪山(牙山や黒斑山)が形成されています。
前掛山に到着。
現在発令されている『噴火警戒レベル1』で、登山可能な範囲内での最高峰だ。
山頂には数人の登山者がいた。
私も含め、全員がオヤジ。
オヤジ密度100%。
※私は親でも父でもないのでカタカナ表記
浅間の親父(山)の上で、語らうオヤジ(人)たち。
山中ならよくあるし、意外と嫌いじゃないシチュエーションだ。
ひとしきり語らった後、他の親父たちは下山してしまい、独りぼっちの山頂オヤジとなった。
いや、浅間の親父がいるか。
眼下に見えるのは、完全に箱庭化した湯ノ平や第一外輪の山々。
反対側に見える中央火口墳丘からは、噴煙なのかの雲なのか判別がつかないガスが壮大に湧き上がっている。
大きい・・・。
下から見上げても、上から見下ろしても、浅間山の存在感は変わらず、ただただ大きい。
腰を下ろし、しみじみと『大きさ』を堪能した。
贅沢にも山頂独占。
これも嫌いじゃないシチュエーションだ。
【噴火警戒レベル1:立入禁止区域について】
浅間連峰最高峰の釜山(噴煙をあげる火口のすぐ脇)は、災害対策基本法第63条に基づき、警戒区域として立入禁止です。
この区域への侵入は、火山ガスによる生命の危険はもとより、軽犯罪法に抵触する行為となりますので注意して下さい。
さて、下山開始。
ちょうど良い時間なのか、続々と登山者が登ってきた。
渋滞とまではいかないが、一定間隔で絶えず登ってくる登山者たち。皆さん、少なからず浅間山独特の存在感に魅せられているのだろうな。
快調に湯ノ平まで下山。
しかし、まだ登山は終わっていない。
第一外輪山を登り返す『草すべり』の急登が待っている。
本日の登りとしてはココがメインと言っても良いくらいで、標高差300m程の急登だ。
まあ、マイペース歩きなら問題ないだろう。
そう思って湯ノ平口分岐で小休止していると、私と同じく前掛山から下りてきた単独のおじさんに追い越された。
見たところ私の親くらいの年齢のようだが、歩調のリズムがよく呼吸も乱れていない。
このおじさん、かなりの健脚者だぞ・・・。
私の健脚者アンテナがそう判断した。
少し歩くと、おじさんは草すべりから下ってくる登山者とのすれ違い待ちをしていた。
私が追い付いた形になってしまい、「若い人はお先に」と道を譲られる。
うっ・・・これはプレッシャーだ。
威圧感ある浅間の親父からも、無言のプレッシャーが放たれている気がする。
しかし、おじさんは私の親世代。
私はそれを越えるべき世代だ。
一丁見せてやるか、40男の歩きっぷりを。
※歩きではなく社会で越えて下さい
『草すべり』は、草花の生い茂る夏らしい空間で、その上部には『トーミの頭』の岩場が見える。
登った先に見える、と言うよりも真上に見えている。それ程、急傾斜なのだ。
おじさんに追い付かれないよう、あえてオーバーペースで登り始める。
草すべりさえ登ってしまえば、後は下り一方。
ここは越えるべき世代の立場として、簡単に降参する訳にはいかない。
※歩きではなく社会で越えて下さい(大事なので2回言いました)
案の定、遅れる足取り、乱れる呼吸。
結果、途中で追い越されました。
まあ、追い越される際に、さも「写真撮影してますのでお先にどうぞ」的な意地は示しましたがね。
(ち、小さ過ぎる意地・・・)
トーミの頭で休憩しているおじさん(Tさん)に完敗の挨拶をする。
話をすると、地元小諸市在住の方で、毎朝のウォーキングを欠かさず、若い頃から山歩きに親しんでいる方だった。
通りで健脚な訳だ。
「元旦、浅間でラッセルなんかどう?爽快だよ」などと軽々と言ってのけるのも納得の健脚者だ。
Tさんと何だか意気投合して、珍しく記念撮影。
車坂峠までの下山も、話をしながらご一緒させて頂きました。
当然、普段よりも早いペースで。
Tさんのおかげもあって、予定よりも早く全行程を終える事ができた。
午後から天気が崩れると想定していたので上出来だ。
大きな浅間山を見るためにやって来た今回の山行。
終わってみれば、Tさんも含め、親父的な存在との交流を求めていたのかもしれないな。
下山後は高峰高原ホテルの『コマクサの湯』で日帰り入浴(800円)。
その後、隣接している高峰高原ビジターセンター内のカフェ『ビジターズカフェ』で、嬬恋村特産の高原キャベツを使ったキャベツソフトクリーム(450円)を頂きます。
どれも駐車場から歩いていける範囲内なのでオススメ。
高峰高原ホテルの『コマクサの湯』(日帰り入浴800円)。
嬬恋村特産の高原キャベツを使ったキャベツソフトクリーム(450円)。
【余談】帰り道にヒッチハイクしている二人組に遭遇。
話を聞くと、小諸駅から浅間山に登って、また駅に向かっている途中だった。
こんな『駅から登山』するような物好き、私は応援します!(※同類だから)